つぶやきの延長線上 second season

映画、アニメーション、音楽のこと

ジョシュ・クーリー『トイ・ストーリー4』

水路に流されそうになるラジコン(RC)を助けに共同で助けようとするおもちゃたち。なんとか捕まえ部屋に戻るが、スタンド照明とセットにされているボー・ピープがダンボールにしまわれて別の人のもとへ渡ってしまう。助けようとするウッディであるが、ボーは新たな持ち主の元に行こうと決意する。土砂降りの雨の中、玄関のライトが車の下で交わされるウッディとボーとの別れのシーンに彩を与える。

ここにピクサーのスタジオの強さが現れているだろう。この別れの切り返しショットを彩るライティングや、中盤のアンティークショップでシャンデリアによって反射される色鮮やかなライティング。そして最後のウッディとボーとの別れ改め決意のシーンのライティング。ここ最近遡ってみても、一瞬で空気を変えてしまうようなリッチなライティングは見たことがない。

おもちゃの物語としてというよりも、ウッディとボーの物語としてその他おもちゃが彼らを飾る装飾品として存在してしまっているのは、これまでの3作と比べてしまうと不器用さが際立ってしまうのかもしれないが、飾り物としての存在より「おもちゃ」としての一生を選ぶギャビーギャビーのひたむきさや、彼女の発見を運動として表現する姿勢には大変満足だった。

そして『トイ・ストーリー4』は運ばれる物語である。ボーがダンボールによって次の家庭へと運ばれる。ウッディたちはキャンピングカーによって移動式遊園地まで運ばれる。移動式遊園地は「無限の彼方へ」運ばれていく。そこに残ったウッディやボーも運ばれ続ける未来へ。所有されるおもちゃが誰かから誰かへ託される(『トイ・ストーリー3』)離別/出会いの主題から、「所有される」ことから永遠と繰り返される運ばれることを「選択する」といった人間らしい行動を彼/彼女らはする。この辺りは本シリーズの「人形性」から逸脱したようにも見えるが、彼/彼女らが移動式遊園地にいる限り「運ばれる」といった主題からは決して逃れることはないだろう。あくまでも人形たちは人の作った囲いの中で移動を繰り返していくのだ。それでも美しいのはピクサーのスタジオ総力を尽くした「光」の映画だったから。