つぶやきの延長線上 second season

映画、アニメーション、音楽のこと

振動するアニメーション――水江未来『個展 DREAMLAND―水江未来のアニメーションのミライ―』に行ってきた

水江未来の個展に行ってきた。発表されてから絶対に行きたい!と思っていた展示だったのであるが、最終日(7/14)に駆け込みになってしまった。水江未来というと細胞アニメーションというと日本、いや世界を見ても珍しいアニメーションだ。また、CG全盛期の昨今であるが彼は手描きでアニメーションを作っている。*1 4年ぶりの新作アニメーション『DREAMLAND』(他過去作3作)の上映と原画展示など、水江未来の現在あるいは未来を見ることができる内容だった。 

昨年発表された新作『DREAMLAND』は初見。『FANTASTIC SELL』や『LOST UTOPIA』などに代表される細胞アニメーションとは違い『METOROPOLIS』や『MODERN』のようなカクカクとした動き。幾何学模様をベースとしたテーマパークの発展から退廃していく様子などを描く。水江未来のアニメーションはノンナラティブ・アニメーションといった位置づけになると思うが、『DREAMLAND』では本人も以下のように語っているように抽象表現ながらナラティブへの兆しが見えなくもない。

 

 

 

私は正直なところ単純に「スゲー!」とアホ面で鑑賞してしまうし、水江未来のアニメーションについて語れるほどの知見もないが、こういった個展や作品集などを通してみると一貫してアニメーションの反復と差異が特徴的だといえるだろう。「手描き」といった手法によるところが大きいのかもしれないが、彼のアニメーションで特徴的なのがアニメートされる対象物が震えているように見えることだ。目に見える範囲でいえば確かに意図する運動があり、それが少しずつまたは目にも止まらぬ速さで変形(メタモルフォーゼ)していく。それが揺れ動きながら震えて見えてくる。また、『WONDER』や『JAM』が示唆的であるが、音楽との結びつきも見逃せないだろう。

例えば『JAM』であれば音がひとつ増えるたびにアニメートされる対象物が増えていき最後には混沌(カオス)が生まれる。映像および音楽の結びつきによって私たちの身体に何らかしらの反応を及ぼす。例えば個人差はあるだろうが、私であればその場でダンスしてしまいそうなノリを感じる。そのような作品が鑑賞者に与えるショックそれ自体が映画的(曖昧な言葉だが)だと感じる。また曖昧な言葉であるが映画は「強いショット」や思わず身体を動かしてしまうようなショックを作品が与える。その与えられた瞬間に映像は「映画」に変容するのではないか。これは私が考える映画の要素のひとつなので食い違いが合って然るべきであろう。ただ水江未来のアニメーションにものすごく映画を感じたのは私だけではないのではないか、と確信に似た思いもある。

脇道に逸れてしまったので軌道修正するとして、「震える」ことについてもっと細部に絞ってみると、水江未来のアニメーションはアニメートされた対象物が意図した動きをしないで、まだその場に留まっているとき(「止まっている」と表現するべきかと思ったが、私たちは流れていくアニメーションの1コマの動きを知覚することは不可能に近いので「留まっているとき」と表現した)も、アニメートされた対象物は震えているのだ。(まるで小さな子供が幽霊を怖がり部屋で震えているように!)

例えば今年話題になった湯浅正明の『DEVILMAN crybaby』であれば自動的に中割りするFlashでの制作を用いているので、このような「震え」なるものは記録されていないが(もちろんFlashを否定しているわけではないし、恐らくFlashであれやり方次第で意図すればそういった震えは演出できるのではないだろうかとも思う)、そういった作業も自分で行うことによって、こうした「震え」が生まれている--恐らく意図した震え(『FANTASTIC SELL』は特に)もあるだろう--のではないか、と感じた。

 

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例えばインタビューでも言われているように彼の作画は色彩に関しても手描きで行う。それがゆえに1枚毎に多少のズレが生まれる。こういったズレがアニメーションとして動いたときに意図しない動きを見せる。こういった偶然性も私たちにショックを与えているのかもしれない。

小学生のころ、学校の池の水をすくい上げ顕微鏡でのぞいて見るとミドリムシなどの微生物が微妙に揺れ動いているように見えた。私たちが朝起きたときに手足がバラバラに動き回っていたり、頭が足についていたり--といったような事態が起きるわけはないが、私たちの身体に宿す目に見えない細胞も微妙に動いている。そもそも人間というか動物はひとつの場所に留まり続けることは苦手な生き物である。長時間その場に立っていれば足が痛くなってくるし、座っていても尻が痛くなったり脚を組み替えたくなってくる。

動物と運動は切っても切り離せないくらいに密接な関係にあるのだろう。だから、身体感覚を乱すショックはどうしても見逃せないのである。アニメーションと振動は関心のあるテーマであるので、改めて水江未来の個展に行き大きな示唆を受けた(気がする)のでよかった。今後もう少し深堀していきたい。そしてこのテーマはダンスに繋がりそうでもあるのだが。

 

 

 

*1:このあたりは『水江未来 作品集2003-2010』のインタビューを参照